
愛犬チョコ丸が脳炎を発症したのは、6歳の冬でした。
あの日のことは、今でも忘れられません。
- 突然のけいれん
- 再発への不安
- 副作用との闘い
昨日まで当たり前のように過ごしていた日常が、突然崩れていきました。
「この治療は本当にチョコ丸のためになっているのだろうか」
そう悩み続けた日もありました。
それでもチョコ丸は、いつも懸命に生きてくれていました。
そして私は、そんなチョコ丸から、“今を生きることの大切さ”を教わりました。
この記事では、チョコ丸が脳炎を発症してから旅立つまでの2年9ヶ月の日々を、実際の体験をもとに綴りました。
同じ病気と闘う愛犬と飼い主さんにとって、少しでもお役に立てれば幸いです。
脳炎の初期症状と診断まで

愛犬チョコ丸が壊死性脳炎と診断されたのは、6歳の冬でした。
それまで大きな病気もなく元気に過ごしていたため、突然のけいれん発作は、私にとってあまりにも衝撃的な出来事でした。
夜間救急への受診、MRI検査を受けるかどうかの葛藤、そして壊死性脳炎という診断。
今振り返っても、あの数日間は人生で最も苦しく、長い時間だったように感じます。
本記事では、愛犬チョコ丸が脳炎を発症した時の初期症状から、診断までの経過についてお話しします。
突然始まったけいれん発作
12月初旬の寒い夜でした。
23時頃、私の横で寝ていた愛犬チョコ丸が、突然けいれん発作を起こしたのです。
最初は何が起きているのかわかりませんでした。
ですが、すぐに「けいれんだ」と気づきました。
「さっきまで元気だったのに、どうして?」
「何が起きているの?」
頭が真っ白になりながらも、私はスマホで動画を撮影し、家の電話で夜間救急の動物病院へ連絡しました。
けいれんは1分ほどで治まり、チョコ丸は自分で歩いて離れていきました。
チョコ丸自身も、何が起きたのかわからず戸惑っているように見えました。
「もう治ったのかな?」
「気のせいだったのかな?」
そんな淡い期待もありました。
ですが、不安の方が大きく、とにかく病院へ行こうとチョコ丸を連れて夜間救急へ向かいました。
救急病院で告げられた「脳炎の可能性」
救急の動物病院へ到着すると、入口で獣医師さんと動物看護師さんが待機してくださっていました。
この時はけいれんが落ち着いていたため、再発時に使用する注腸タイプの抗けいれん薬を処方していただき、一旦帰宅することになりました。
しかし、その日の夜中3時頃、再びけいれん発作が起きました。
すぐに処方されていた抗けいれん薬を使用しましたが、発作は止まりませんでした。
私は再び救急病院へ連絡し、チョコ丸を連れて病院へ向かいました。
チョコ丸はそのまま入院となり、次のような治療が始まりました。
入院中の治療
- 抗けいれん薬の点滴
- 脳圧降下剤の点滴
診察と検査の結果、獣医師さんからは、
「脳腫瘍か脳炎の可能性が高い」
と、次にような説明を受けました。
- MRI検査をしなければ確定診断はできないこと。
ただし、全身麻酔が必要なため、検査中に命を落とす可能性があること - 脳腫瘍であれば、手術や放射線治療で改善する可能性があること
- 脳炎の場合は、投薬で延命できる可能性はあっても予後が悪いこと
私は、頭が真っ白になり、現実を受け止めきれませんでした。
まずは、けいれんを抑えるための内服治療を開始し、早めにMRI検査を受けることを勧められました。
脳炎の治療を始めることには同意しましたが、MRI検査を受けるかどうかについては、その場では決断できませんでした。
退院時に処方された内服薬は、以下の内容でした。
退院時の処方
- 抗けいれん薬(コンセーブ・イーケプラ)
- 利尿薬(イソバイドシロップ)
MRI検査を受けるかどうかの葛藤
私がMRI検査を受ける決断できなかった理由は、
「予後が悪い病気なのに、命懸けで検査を受ける意味があるのだろうか」
という思いがあったからです。
「もし検査中に命を落としたら、私は一生後悔するかもしれない。」
「検査は、本当にチョコ丸のためになるのだろうか。」
そんな思いで、答えを出せずにいました。
ですが一方で、
「このまま何もしなければ、チョコ丸とお別れすることになるかもしれない。」
その現実も受け入れられませんでした。
かかりつけの獣医師さんへの相談
悩み続けた私は、まず、かかりつけの動物病院の獣医さんに相談しました。
獣医医師さんからは、
「診断がつかなければ治療方針も決められない。
リスクはあるけれど、MRI検査を受けた方がいいのではないでしょうか」
と言っていただきました。
ブリーダーさんへの相談
それでも決断できなかった私は、6年ぶりにチョコ丸のブリーダーさんへ連絡を取りました。
私がチョコ丸にとって“育ての親”だとすれば、ブリーダーさんは“生みの親のような存在”です。
そのブリーダーさんなら、どんなふうに考えるのか聞いてみたいと思ったからです。
ブリーダーさんはご自身の経験も交えながら、
「後悔しないためにも、できることはやった方がいい」
「チョコ丸を信じて、検査を受けてみたらどうかな」
と背中を押してくださいました。
私の決断
100%納得した決断はできませんでしたが、
「このまま諦めても後悔する」
「正確な診断を受けることが、チョコ丸のためなのかもしれない」
そう考え、MRI検査をお願いすることに決めました。
壊死性脳炎と告知された日
MRI検査を受けたのは、初めてけいれん発作を起こしてから4日後のことでした。
その日は霙まじりの雨が降る、とても寒い日でした。
寒さと不安で涙が止まらず、泣きながら病院へ向かったことを今でも鮮明に覚えています。
「もし検査中に命を落としたらどうしよう」
そんな不安に押しつぶされそうになりながら、チョコ丸を病院へ預け、一旦帰宅して検査が終わるのを待ちました。
無事に検査が終わったと聞いた時は、少しほっとしたのと同時に、検査結果への恐怖も強くなっていました。
診察室へ呼ばれるまでの時間はとても長く感じ、何度もトイレで泣きました。
MRI検査と髄液検査の結果は、壊死性脳炎でした。
私にとって、最も聞きたくなかった結果でした。
獣医師さんからは、
「年単位での生存は難しいと思ってください」
「けいれんのコントロールができない場合は、安楽死の相談をすることもあるかもしれません」
と説明を受けました。
「目の前にいるチョコ丸は、けいれんを起こさなければ、こんなに元気なのに…」
あまりにも現実感がなく、私はその言葉を受け止めることができませんでした。
脳炎と向き合った治療経過

壊死性脳炎と診断されてから、チョコ丸との闘病生活が始まりました。
治療を始めてもすぐに症状が安定したわけではなく、けいれんを繰り返しながら、入退院を続ける日々でした。
それでも治療を続ける中で、穏やかな時間を取り戻し、旅行へ行けるほど元気に過ごせた時期もありました。
本章では、脳炎の治療経過と、チョコ丸と共に過ごした日々についてお話しします。
けいれんを繰り返した日々
脳炎と診断されてから、ステロイド、免疫抑制剤、抗痙攣剤による治療が始まりました。
脳炎の治療
- 抗痙攣剤(コンセーブ・イーケプラ)
- プレドニン
- 免疫抑制剤(アトピカ)
- ウルソ、グリチロン配合錠
ですが、治療を始めてもけいれんはなかなか落ち着かず、入退院を繰り返す日々でした。
チョコ丸の前では笑顔でいようと思っていましたが、実際には涙が止まらない毎日でした。
私にできることは、処方された薬を飲ませることと、安全に過ごせる環境を整えることだけでした。
けいれんを起こしても怪我をしないように、ケージの柵にはジョイントマットを貼り付け、ソファなど高い場所へ上がれないよう柵も設置しました。
入退院を繰り返すことへの葛藤
けいれんが起きるたびに救急病院へ駆け込み、入院して点滴で発作を抑える。
発作が落ち着けば退院し、また数日後にけいれんを起こす。
頓服として使用していた抗けいれん剤(イーケプラ)は毎日内服することになり、さらに量も増えました。
それでも、けいれんのコントロールはうまくいきませんでした。
ある時、ふと思ったのです。
「これだけけいれんを起こしているなら、私が見ていない時にも発作は起きているのではないか」
「目の前で起きているけいれんだけを止めるために、入院を繰り返すことに意味があるのだろうか」
ですが、目の前でけいれんしているチョコ丸を放っておくこともできませんでした。
ある夜、チョコ丸がけいれんを起こし、救急病院を受診した時のことでした。
その日も入院を勧められましたが、私は自分が抱えていた葛藤を、救急病院の獣医師さんへ打ち明けました。
すると、獣医師さんは、
「もし飼い主さんがいない時に重積発作で亡くなることがあったとしても、それはその子が選んだことです。飼い主さんが責任を感じる必要はありません。」
「できるだけ一緒に過ごしたいのであれば、今日は点滴だけしてお家へ帰っても大丈夫ですよ。」
と、言って下さいました。
私は、その言葉に救われました。
そして、
「限られた時間を穏やかに一緒に過ごすこと」
を大切にしようと考え、入院を繰り返す治療ではなく、できるだけ自宅で過ごすことを優先するようになりました。
覚悟したあの日
そんな中、初めてのけいれん発作から2ヶ月ほど経ったある朝、チョコ丸の左後ろ足のピクつきが止まらなくなりました。
「救急病院を受診すれば、きっとまた入院を勧められる…」
私はすぐに受診する気持ちになれず、まず電話相談をすることにしました。
しかし、担当の先生が診察中ですぐに相談することができませんでした。
そこで、かかりつけの動物病院を受診することにしました。
獣医師さんからは、抗けいれん剤「フェノバール」の追加を提案されました。
ただ、救急病院で治療を受けてきたため、勝手に薬を調整するのは難しいというようなお話もありました。
私は、弱気になっていたこともあり、
「薬を増やしても、きっともう良くならない…」
「チョコ丸は十分頑張った」
「残された時間を、お家で一緒に過ごしたい」
と、治療の追加には消極的でした。
そこで、重積発作時用に座薬の抗痙攣剤(ダイアップ)を処方してもらい、帰宅しました。
その日は、一日中チョコ丸を抱っこして過ごし、家事をする時はスリングに入れで過ごしました。
夜20時頃、救急病院の担当獣医師さんから電話をいただき、
「まだできることはある」
と、抗けいれん剤(フェノバール)追加の提案がありました。
二人の獣医師さんが同じ提案をしてくださったことで、私は少しだけ希望を持つことができました。
「ダメ元でも、試してみよう」
そう思い、フェノバールを始めることにしました。
奇跡のような回復
フェノバールを飲ませましたが、左後ろ足のピクつきはすぐには止まりませんでした。
後ろ足に力が入らず、自力で排泄もできない状態でした。
私はスリングへ入れたまま、チョコ丸を抱きしめて眠りました。
体を密着させると、少しだけピクつきが落ち着くように感じたからです。
翌朝になっても後ろ足のピクつきは止まりませんでした。
私は、最初の告知の時に聞いた、
「けいれんが止まらなければ安楽死という選択肢も…」
という不安が頭をよぎりました。
再びかかりつけの動物病院を受診すると、
- フェノバールの血中濃度が上がるまでは効果が出ない
- 排泄は待つしかない
と説明を受けました。
そして、
「安楽死を考えるような状況ではない」
と言っていただき、少しだけ安心できました。
そして、
お昼頃から少しずつピクつきが落ち着く時間が出てきました。
夕方には少し歩けるようになり、1日以上できなかった排尿もできたのです。
そして翌朝、
チョコ丸は自分の足で立ち、お皿からフードを食べてくれました。
「もしかしたら、良くなるかもしれない」
「まだ一緒にいられるかもしれない」
そう思えた瞬間でした。
穏やかな時間を取り戻せた日々
フェノバールの追加によって、チョコ丸のけいれんは落ち着き、その後2年間、けいれんを起こすことなく過ごすことができました。
もちろん、以前とまったく同じ生活に戻れたわけではありません。
それでも、治療を続けながら穏やかな時間を過ごせる日が増えていきました。
安定期の治療経過
症状は徐々に落ち着き、定期受診の間隔も2週間から1〜2ヶ月へ延びました。
脳炎の主な治療経過を以下にまとめました。
プレドニン
発作が落ち着いてから、プレドニンを少しずつ減量し、それに伴って約4ヶ月後にはグリチロン配合錠の内服が終了しました。
プレドニンは1日2回から週2回まで減量することができました。
肝臓を守るためにも、プレドニンをやめたい気持ちはありました。
脳炎が治癒したかどうかを判断するには、MRI検査が必要ですが、検査によって脳炎が悪化する可能性もありました。
また、脳炎の再発予防において、完全に中止した方が良いのか、それとも少量でも継続した方が良いのかについては、明確なデータがないとのことでした。
担当の獣医師さんと相談した結果、プレドニンは少量で継続することになったのです。
免疫抑制剤(アトピカ)
約1年半後に免疫抑制剤も終了しました。
免疫抑制剤が終了したことで、狂犬病のワクチンも接種できました。
抗けいれん剤
抗けいれん剤も少しずつ減量しました。
肝機能への影響を考えると、フェノバールを減量したい気持ちもありました。
ですが、フェノバールを追加してからけいれんが落ち着いた経緯があったため、まずはイーケプラから減量していく方針になりました。
大きな発作はなかったものの、小さなピクつきが見られることがあり、症状に合わせて量を調整していました。
鍼灸治療
頭痛があるのか、部屋の隅で頭を下げてじっとしている日もありました。
少しでも楽になればと思い、鍼灸治療や自宅でのお灸、漢方薬(五苓散)も取り入れました。
お灸をしている時のチョコ丸は、とても気持ち良さそうでしたし、治療後は症状が緩和するように感じました。
日常生活
症状が落ち着いたと言っても、脳炎になる前のチョコ丸に戻ったわけではありません。
ピクつきが止まらなかった左後ろ足には後遺症が残り、歩く時は少し引きずるようになりました。
ですが、日常生活に支障はなく、お散歩もできるようになり、ドッグランやカフェへ行ける日常も戻ってきました。
そして何より嬉しかったのは、7歳の誕生日を迎えられたことでした。
6歳で壊死性脳炎を発症し、
「年単位での生存は難しい」
と告知された時、7歳のお誕生日を祝えるなんて想像出来ませんでした。
家族旅行
いつけいれんが起きるか、脳炎が再発するかという不安はいつもありましたが、
「一緒に過ごせる時間を大切にしたい」
という思いから、家族旅行にも行きました。
旅行については、事前に獣医さんに相談し、次のような準備をしました。
旅行の事前準備
- けいれん発作時のための座薬を持参する
- お薬の種類、量のメモを持参する
- 旅先の動物病院を確認しておく
獣医師さんから、
「旅先で何かあったらいつでも連絡ください」
「素敵な思い出をたくさん作ってきてください」
と言っていただき、とても心強かったです。
チョコ丸が脳炎を発症してから辛いことも多かったですが、一緒に過ごせる幸せを強く感じる日々でもありました。
薬の副作用と
お別れに向かう時間

けいれんが落ち着き、穏やかな時間を過ごせるようになってから約2年が経った頃でした。
少しずつ薬を減らしながら過ごしていましたが、新たな問題が起こり始めました。
それは、薬の副作用が原因と思われる肝機能の悪化でした。
肝機能の悪化
脳炎を発症してから2年ほどが経過した頃でした。
月に一度の定期受診で行った血液検査で、肝機能が悪化していることが分かりました。
原因としては、プレドニンやフェノバールによる薬剤性の影響が考えられました。
そのため、プレドニンを減量し、ウルソの内服も続けていました。
さらに、エコー検査では胆泥症も見つかり、スパカールの内服も始まりました。
ですが、肝機能は改善することなく、検査を受けるたびに数値は悪化していきました。
それでも、脳炎の再発は命に関わるため、プレドニンやフェノバールを中止することは難しい状況でした。
血液検査の結果は悪くても、チョコ丸は普段と変わらない様子で過ごしていました。
私もできるだけ普段どおりの日常を過ごすように心がけていました。
粘液嚢腫と診断された時
肝機能の悪化が見つかってから、半年ほど経った頃でした。
チョコ丸は時々嘔吐するようになり、少しずつ食欲も落ちていきました。
エコー検査の結果、粘液嚢腫と診断されました。
獣医師さんからは、以下の説明を受けました。
獣医師さんからの説明
- 胆嚢が破裂すると命に関わること
- 脳炎のリスクがあるため、予防的な摘出手術は勧められないこと
- 破裂した場合は、緊急手術をしなければ救命が難しいこと手術中に命を落とす危険があること
- 手術後は約1ヶ月の入院が必要になる可能性があること
- 治療費は100万円ほどかかる可能性があること
獣医師さんからは、胆嚢が破裂した時にどうするか、事前に考えておいてくださいと説明を受けました。
「まだ一緒にいたい」
「でも、これ以上頑張らせたくない」
私は、その気持ちの間で揺れていました。
旅立ちの時
チョコ丸は、少しずつ水を飲む量が増え、尿の色も濃い黄色になっていました。
あれは、暑い夏の夜でした。
チョコ丸が、ごはんを食べなくなったのです。
「夏バテかもしれない」
そんな淡い期待もありました。
ですが、粘液嚢腫のことが頭にあり、夜間救急を受診しました。
検査の結果、肝機能も粘液嚢腫もさらに悪化し、黄疸も出ていました。
以前、脳炎になった時、私は獣医師さんへ、
「もう入院はさせず、家で一緒に過ごす時間を大切にしたい」
と伝えていました。
ですが今回は、
- 胆嚢が破裂した場合、緊急手術をしなければ助からないこと
- 強い痛みが出る可能性があること
を説明されました。
私は、一日だけチョコ丸を入院させる決心をしました。
チョコ丸を抱きしめ、獣医師さんへ預けた時のことは、今思い出しても涙が溢れます。
緊急時に手術をするかどうか考えておくよう言われていましたが、私は翌朝になっても決断できずにいました。
翌日、面会へ行くと、チョコ丸は病院のケージの奥で丸くなっていました。
「チョコ」
そう呼ぶと、私に気づき、ヨタヨタしながら私の方へ歩いて来てくれました。
抱きしめた時、私は、
「もう手術を乗り越える体力は残っていないかもしれない」
と感じました。
「チョコ、よく頑張ったね。おうちへ帰ろう」
そう声をかけた時、チョコ丸は少し安心したように見えました。
私は獣医師さんへ、
「お別れが近いことは覚悟しています。それでも家へ連れて帰りたいです」
「痛みだけは取ってあげたいです」
と伝えました。
獣医師さんは退院を許可してくださり、退院直前に痛み止めの注射をしてくださいました。
効果は12時間ほどとのことでした。
その後は、かかりつけの動物病院でも痛み止めを続けてもらえるよう段取りを整え、チョコ丸を連れて帰宅しました。
そして、その日の夜、チョコ丸は私の腕の中で旅立ちました。
「よく頑張ったね、ありがとう」
そう、伝えました。
脳炎と向き合った
チョコ丸との日々

チョコ丸が脳炎を発症した時、私は泣いてばかりいました。
きっとあの時、十年分の涙を流したのではないかと思います。
そんな私を見かねた神様が、チョコ丸と一緒に過ごせる時間を少しだけ延ばしてくれたのかもしれません。
本章では、チョコ丸と一緒に脳炎と闘った2年と9ヶ月という日々を振り返って、飼い主として感じていたこと、そして同じ病気を闘う飼い主さんへ伝えたい思いを綴っています。
愛犬チョコ丸から教わったこと
チョコ丸との闘病生活で、一番辛かったのは、
「チョコ丸を失うかもしれない」
という恐怖が、いつも心の中にあったことでした。
- けいれんが再発するかもしれない
- 突然、状態が悪化するかもしれない
そんな不安を抱えながら過ごす日々は、とても苦しかったです。
それでも、チョコ丸はいつも一生懸命生きていました。
チョコ丸は、”今”を生きているように見えました。
そのことに気づいてから、
私も、「明日のことを考えて不安になるよりも、一緒に過ごせている”今”を大切にしよう」と思えるようになりました。
治療中の葛藤
チョコ丸のけいれんが治まっても、頭が痛いのか、部屋の隅で頭を下げてじっとしている日もありました。
そんな姿を見ていると、このまま治療を続けて良いのかと悩むこともありました。
「チョコ丸は、辛い思いをしてまで生きたいと思っているのだろうか」
「治療を続けることが、本当にチョコ丸のためになっているのだろうか」
そんな風に考えてしまうこともありました。
それでも、
「チョコ丸が“辛そうな時間”より、“幸せそうに見える時間”の方が、ほんの少しでも多いのなら治療を続けよう」
そう考えて、自分を励ましていました。
そして、チョコ丸の辛さを少しでも減らしたいと思い、お灸や漢方も取り入れました。
「辛さは半分こだよ」
そう話しかけながら、チョコ丸の辛さを半分引き受けるつもりで治療を続けていました。

肝機能が悪化し、食欲がなくなると、薬も受け付けなくなりました。
私は、薬を飲ませ続けた方が良いのか悩みました。
「生きる源とも言える食欲がないのに、薬だけを飲ませるのは誰のため?」
「もしかしたら、チョコ丸に生きていて欲しいと願う、自分のためなのではないか」
そんな風に、自問自答していました。
どの薬も飲ませなければ、チョコ丸の命は危うくなります。
かといって、飲みたがらない薬を無理に飲ませることが、本当にチョコ丸のためになっているのか分かりませんでした。
投薬トリーツを使えば、錠剤はなんとか飲んでくれていました。
ですが、嫌がる粉薬は、吐き出す姿を見た日から、投薬をやめました。
亡くなる2日前のことでした。
後悔しないために
愛犬の治療に関する決断はすべて飼い主に委ねられます。
大切な愛犬の命に関わる決断をすることは、簡単なことではありません。
私も、「検査のこと」「治療のこと」「生活のこと」など、本当にたくさんの葛藤がありました。
そして、今でも、
「もしかしたら、脳炎は治癒していたのではないか」
「勇気を出してプレドニンを中止していたら、違う未来があったのだろうか」
そんなふうに、考えることがあります。
それでも、チョコ丸との闘病の日々に後悔はありません。
それは、困難にぶつかる度に、自分の精一杯で考え、決めてきたからです。
確かに、別の道を選んでいれば、別の未来があったのかもしれません。
でも、その未来は私にもチョコ丸にも見えません。
どんな結果であっても、その時できる精一杯で愛犬と一緒に生き抜くことができれば、愛犬からは合格がもらえるような気がしています。
一つだけ後悔があるとすれば、チョコ丸が脳炎になる前は、まだまだ一緒に過ごせる時間が続くと思っていた自分です。
チョコ丸が脳炎になった時、油断していた6年間を本当に悔やみました。
その後悔を和らげてくれるかのように、チョコ丸は2年9ヶ月、頑張ってくれました。
今は、寂しいけど、後悔はありません。
お誕生日を迎えられた幸せ
チョコ丸が脳炎を発症してから、辛いことばかりではありませんでした。
再びお散歩に行けた日は、嬉し涙が溢れました。
動画を撮り、何度も見返しました。
何より、6歳で脳炎を発症し、7歳を迎えることを諦めたチョコ丸が、9歳のお誕生日を祝えた時の幸福感は今でも忘れられません。
その時の写真は、何度見ても幸福感が蘇ります。
病気にならなければ、当たり前に迎えていたかもしれない毎日。
闘病を経験したからこそ、”当たり前の日常”が、どれほど尊いことなのかを知ることができました。
今も変わらない思い
「チョコ丸と、もっと一緒にいたかった」
「年老いているチョコ丸のお世話もしたかった」
それが、本音です。
ですが、脳炎を発症してから2年9ヶ月、私は、必死に生き抜いたチョコ丸の姿を、ずっとそばで見てきました。
精一杯生き抜いたチョコ丸は、私の誇りです。
家族になってくれたことに感謝し、今でも変わらず大切に思っています。
「生まれ変わったら、今度は病気になることなく、長生きしてね。」
それが、今の私の願いです。
同じ病気を闘う飼い主さんへ

愛犬が脳炎と診断された時、絶望とも言えるような悲しみ、不安を抱えたのではないでしょうか。
私もそうでした。
あの時、十年分の涙を流したのではないかと思っています。
チョコ丸を抱っこして散歩をしていても涙があふれる。
上を向いて歩いても、涙がこぼれる。
そんな時は、空を見るようにしていました。
「チョコ丸と一緒に見た青い空を覚えておこう」
「この空は、これからもずっとチョコ丸と繋がっているはず」
そんなふうに、自分を励ましていました。
辛い時は、どうぞ泣いてください。
泣いた後、少しだけ気持ちが軽くなったら、愛犬を見てください。
抱きしめてください。
今、一緒に過ごしている”今”に集中してみてください。
愛犬は、あなたに何かを伝えているかもしれません…。
最後に
チョコ丸のことを思い出すと、温かい気持ちと寂しい気持ち、そして今でも悲しい気持ちがあふれます。
「チョコ丸は、なんで病気になったの?」
「なんで9歳までしか生きられなかったの?」
それでも、あの辛かった日々が、もし同じように病気と向き合っている飼い主さんの役に立てるのなら、少しだけ報われるような気がして、この体験を書き残しました。
愛犬の病気は、本当に苦しく、不安で、時には心が折れそうになることもあります。
ですが、その中にも、愛犬と過ごせるかけがえのない時間や、小さな幸せが確かにありました。
この記事が、今不安の中にいる誰かの心に、少しでも届いていたら、チョコ丸もきっと喜んでくれているように思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

本記事は、愛犬チョコ丸が脳炎を発症した際の体験をもとにまとめたものです。症状や治療の経過は、個体差や動物病院の方針によって異なるため、すべてのケースに当てはまるものではないことをご理解ください。
最後に、チョコ丸との日々を支えてくださった動物医療に携わる皆さま、トリマーさん、友人、そして家族に、心より感謝申し上げます。